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東京地方裁判所 平成6年(行ウ)75号 判決

原告

浅野敏行

外一九名

右原告ら訴訟代理人弁護士

上田誠吉

前川雄司

黒澤計男

松田生朗

坂勇一郎

日置雅晴

被告

鈴木俊一

藤中健治

植野正明

右被告ら訴訟代理人弁護士

伊東健次

橋本勇

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  原告らの請求

一  被告鈴木俊一及び同藤中健治は、連帯して東京都に対し金五九一億九八八四万四四一二円及びこれに対する、被告鈴木俊一については平成六年四月一一日から、被告藤中健治については同月一四日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告鈴木俊一及び同植野正明は、連帯して東京都に対し金一〇七億九六九一万八七四八円及びこれに対する、被告鈴木俊一については平成六年四月一一日から、同植野正明については同年八月四日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、東京都臨海部副都心への進出企業に都有地を賃貸する際、当時東京都知事及び東京都港湾局長の職にあった被告らが、賃貸借契約に係る権利金を公募時に示した価額から二度も引下げ、適正な価格を著しく下回る価額に設定した等として、東京都の住民である原告らが、被告らに対し公募時と賃貸時との権利金の差額を東京都に支払うよう求めて出訴した事案である。

一  前提となる事実関係等(なお、書証によって認定した事実については、適宜書証を掲記する。)

1  当事者

原告らが、いずれも東京都の住民である。

被告鈴木俊一(以下「被告鈴木」という。)は、平成七年四月ころまで東京都知事の職にあり、その在職中は、東京都の臨海部に副都心を建設し、多心型都市構造の構築と国際化・情報化に対応した拠点づくり等を目指す臨海副都心開発事業を推進した。被告藤中健治(以下「被告藤中」という。)は、平成五年七月一五日に東京都庁を退職するまで東京都港湾局長の職にあった。被告植野正明(以下「被告植野」という。)は、被告藤中の後任者である。

なお、東京都契約事務の委任に関する規則六条により、港湾埋立地の貸付けに係る契約に関する事務は、東京都知事から東京都港湾局長に委任されている。

2  臨海副都心開発等に関する手続等

(一) 臨海副都心開発事業は、昭和四一年一二月二七日付けの条例によって、「東京都臨海副都心地域の整備及び開発を行う」ことを目的として設置された、地方公営企業法の一部の適用がある東京都地方公営企業である(昭和四一年一二月二七日東京都地方公営企業の設置等に関する条例一条一項一〇号、地方公営企業法二条三項)。

東京都は、平成二年一月三〇日、「臨海副都心開発に伴う都有地の管理及び処分についての基本方針」を策定した。それによると、臨海副都心区域内の都有地の処分は原則として長期の賃貸借による貸付け又は土地信託とし、売却や交換は行わない、都有地の管理・処分に係る方針や進出者の選定等は臨海副都心開発・東京フロンティア推進会議(以下「推進会議」という。)の議を経て決定する、建物の景観や法令適合性等については東京都臨海副都心都市づくり委員会(以下「都市づくり委員会」という。)の審査を経ることにする、土地価格については東京都財産価格審議会(以下「財産価格審議会」という。)に付議して決定された適正な価格とするなどとされていた。

なお、推進会議は、平成元年八月二三日付けの要綱により設置されたものであって、関係局長等の合議により臨海副都心開発、東京フロンティアの推進に関する基本的事項について協議し、方針を決定することを所掌事務とする会議体である。また、財産価格審議会は、東京都の公有財産の管理・処分等に関し、適正な価格・料金を評定し、知事に答申することを目的に、地方自治法一三八条の四第三項に基づき、条例で設置された知事の附属機関であって、一一名以内の学識経験者と四名以内の東京都職員を構成員とするものである(昭和二八年三月三一日条例二六号)。

(二) 被告鈴木は、平成二年二月一六日、右基本方針を受けて、東京都臨海副都心用地開発規則(以下「開発規則」という。)を制定した。同月二一日には、訓令をもって、臨海副都心開発事業に係る都有地の管理・処分方針の策定等の調査・審議をする部内組織として、港湾局長を委員長とし、関係局長等を委員とする東京都臨海副都心用地管理運用委員会(以下「用地管理運用委員会」という。)が置かれ、同年三月三日には、知事の決定をもって、知事の諮問機関として、関係局長等に七人以内の学識経験者をもって構成される都市づくり委員会が設置された。

なお、開発規則一条、六条、二二条一項柱書、同項二号及び四号によると、臨海副都心開発事業に係る特別会計が所管する都有地(以下「用地」という。)の長期の貸付けの相手方は原則として公募とし、右公募に係る応募の資格や条件等の設定及び用地の長期の貸付けに係る権利金等の減額に関しては用地管理運用委員会の議を経なければならないとされ、同四条一項によれば、用地の管理及び処分に係る予定価格は、適正な価格により設定した額をもって定めなければならないとされている。また、開発規則二三条によれば、右予定価格の決定に際しては、財産価格審議会の議を経なければならないものとされているが、同二二条一項四号によれば、用地の長期の貸付けに係る貸付料及び権利金の減額又は免除については、部内組織である用地管理運用委員会の議を経るべきものとされ、開発規則において予定されている権利金の減額としては、同四条二項に規定する場合において、同一〇条に基づいて知事が行う旨の規定が存する。(乙八(開発規則)、一二(用地管理運用委員会規程)、三二号証(都市づくり委員会設置要綱))

(三) 結局、臨海副都心開発事業に係る用地の貸付けは、条例により設置された知事の附属機関である財産価格審議会の議を経た予定価格に基づき、部内組織である用地管理運用委員会が公募に係る応募資格、条件等を議決し、応募に係る建物の景観、デザイン、法令適合性等については知事決定により設置された諮問機関である都市づくり委員会の意見を徴して、関係局長等の会議体である推進会議の審議によって選定された案に基づいて、港湾局長が契約を締結するという手続を経ることとなる。(乙二七号証(渡邊司の証人調書))

3  進出企業の公募

平成二年五月二五日、東京都は、用地の権利金及び貸付料についての財産価格審議会の評定に基づき、推進会議の議を経て、民間企業等による事業計画提案方式を軸とする第一回東京テレポートタウン進出希望者公募要綱(以下「公募要綱」という。)を決定し、同年六月一日から二二日までの間に、一〇八件、延べ三七八社からの進出希望を受け付け、同年八月二〇日から同月三一日までの間に、七七件、延べ三九四社から応募書類を受け付けた(以下「本件応募」という。)。(乙九号証(公募要綱))

4  本件応募において東京都が提示した用地の賃貸借契約の内容

(一) 用地の賃貸借契約期間は三〇年とする。ただし、三〇年を限度として更新することができる。(乙九号証)

(二) 権利金及び初年度貸付料の価額は、別表1のとおりとする(以下、右権利金を「本件当初権利金」という。)。貸付料の基礎となる算定価格は、毎年、都市の熟成と物価上昇に応じて上昇させ、これに基づいて三年に一度貸付料を改定する。借地権割合は五割とする。

なお、用地内各賃貸地(以下「本件土地」という。)の基礎価格は、台場Eを基準標準画地として、右基準標準画地について算定される地価(以下「算定基礎価格」という。)に比準して算定するものとされ、初年度の右算定基礎価格は、都内の既成市街地の土地価格と価格構成要因との関係を分析し、現在臨海副都心で計画されている条件から土地価格を求め、次に、臨海副都心が二五年間をかけて都市として熟成するものと想定した上で、先に求めた土地価格を都市の熟成率(年六パーセント)で割り戻した価格となる。

二年度以降の算定基礎価格の決定に当たっては、前年度の算定基礎価格に都市が熟成する率(年六パーセント)を乗じ、さらに、前年度国民総支出デフレーターの上昇率による調整を行った額を当該年度の算定基礎価格とする。今後の東京の地価の動向等から、右方式で求めた算定基礎価格が、当該土地の基準価格として適切さを失うに至った場合には、再評価を行う。

また、初年度の賃借料は、右の初年度算定基礎価格から借地権割合(五割)を除いた価格の六パーセントとし、賃借料は三年に一度改定するものとし、改定賃借料は改定年度の算定基礎価格から借地権割合を除いた価格の六パーセントとする。権利金は、初年度算定基礎価格の五〇パーセントとする。

用地の使用等については、①賃貸借の対象となる土地は、本件応募に係る事業計画提案競技で採択された事業計画に基く実施案において指定された用途を変更することができず、②土地賃借権の譲渡・転貸、借地上の建築物の譲渡は認めず、③土地賃借権への担保権の設定を認めず、借地上の建築物に担保権を設定する場合には、その限度額は建築物価格の範囲内とする等の制限を課する(以下、右(一)及び(二)の土地利用方式を総称して「新土地利用方式」という。)。(乙一〇号証(質疑応答書))

(三) なお、選定された応募案については、東京都との調整の上で実施案を策定し、地区まちづくりのために他の事業者との協議会の準備をし、臨海副都心開発事業の意義及び土地賃貸借契約の意義について十分な理解を示して、新たな土地賃貸借関係に入ることを了承した場合に限り、東京都は土地賃貸借契約を締結するものとされていた。(乙九号証)

5  応募案の審査・当選案の決定

都市づくり委員会は、平成二年九月五日から一〇月三一日まで、用地管理運用委員会は、同年九月七日から一一月八日まで、それぞれ応募案を審査し、その結果被告藤中は、推進会議の議を経て、同月九日に当選案を決定した。

6  臨海副都心開発の再検討

平成三年三月七日の平成三年第一回東京都議会定例会において、臨海副都心開発関係費の予算の執行凍結の附帯決議がされたため、当初の予定であった平成二年度中の当選者との賃貸借契約締結が不可能になった。そこで、東京都は、臨海副都心開発等再検討委員会(以下「再検討委員会」という。)を設置し、臨海副都心開発等の再検討を始めた。再検討委員会においては、住宅供給の重視や開発スケジュールの繰り延べ等の方向が示された。

平成三年七月一一日の平成三年第二回東京都議会定例会において、平成三年度埋立事業会計及び臨海副都心開発事業会計の補正予算が成立したため、東京都は、臨海副都心開発関係経費の予算執行凍結を解除した。

7  基本協定の締結

平成四年二月二〇日、被告藤中は、東京都港湾局長として、再検討委員会の検討結果に従った新方針を決定し、進出予定企業グループに対し、右新方式に従った基本協定を平成四年三月三一日までに締結するよう申し入れ、同日、右協定を取り交わした。基本協定によると、算定基礎価格について、平成四年一月一日の地価公示価格をもとに経済情勢の変化を踏まえ再算定するが、賃貸借契約のその他の内容は概ね新土地利用方式によるとされていた。(乙一四号証(基本協定書))

8  算定基礎価格の再算定

平成四年六月一二日、被告藤中は、東京都港湾局長として、基本協定に従い、財産価格審議会に諮問した後、算定基礎価格を再度算定し直した。その結果計算された本件土地の権利金と賃貸料は、別表2のとおりである。(甲二号証(住民監査請求の監査結果))

9  算定基礎価格の再々算定

平成五年七月九日、被告藤中は、東京都港湾局長として、平成五年一月一日の地価公示価格をもとに、財産価格審議会に諮問した後、算定基礎価格を再々度算定し直した。その結果計算された本件土地の権利金と賃貸料は、別表3のとおりである。(甲二号証)

10  土地賃貸借契約の締結

(一) 被告藤中は、東京都港湾局長として、各進出企業と別表4の1のとおり土地賃貸借契約を締結した。なお、別表4の1の各賃貸借契約の権利金は、別表3のそれと同額である。

(二) 被告植野は、東京都港湾局長として、東京ファッションタウン株式会社と別表4の2のとおり土地賃貸借契約を締結した。(乙二六号証の一、二(東京ファッションタウン株式会社との土地賃貸借契約書))(以下(一)及び(二)の各賃貸借契約を併せて「本件各賃貸借契約」といい、本件各賃貸借契約の権利金を「本件契約権利金」という。)

11  原告らは、平成五年一二月二七日、本件各賃貸借契約の取消しや担当者に対する損害賠償の請求などを求める住民監査請求をしたが、東京都監査委員は、平成六年二月二五日付けで右監査請求を棄却した。

二  争点

本件における争点は、被告藤中及び被告植野が、本件契約権利金を本件当初権利金から二度にわたって引下げた価格に設定して本件各賃貸借契約を締結したために、右価格は適正さを欠くに至ったか否かの点にあるところ、これに関する当事者双方の主張の要旨は、次のとおりである。

1  原告らの主張

(一) 本件当初権利金の低廉性

本件各賃貸借契約は、三〇年の存続期間を有し、更新も可能な借地権を設定するものであるから、実質的には都有地の処分に当たるものである。また、本件土地は東京駅から約五キロメートルの距離にある臨海副都心内の超一等地であって、賃借人である進出企業は、東京都が大量に財政を投下して整備しつつある交通アクセス等の都市基盤が完成すれば膨大な開発利益等を取得することも期待でき、これら進出企業に有利な条件を裏書きするように、本件応募には国内・国外併せて三九四社が殺到することとなった。

しかしながら、新土地利用方式をもとに算定された本件応募時における本件土地の算定基礎価格は、一平方メートル当たり二〇〇万円から三〇〇万円という破格の安値に設定されていた(右価格は、臨海副都心が計画条件どおり完熟状態になった時における本件土地中の基準標準画地である台場Eの一平方メートル当たりの地価(以下「完熟地価」という。)を一三三九万二〇〇〇円として計算した結果であるが、新宿副都心の平成二年度の地価公示価格を基礎にして試算すれば、本来完熟地価は二六二一万六六六六円程度とするのが相当である。)。しかも、高層ビル用地の借地権割合は通常八割程度とされているにもかかわらず、それが五割として算定されていた。

したがって、本件当初権利金は不当に低廉であった。

(二) 算定基礎価格の再算定の違法性

(一)のように本件当初権利金が低廉であったにもかかわらず、平成四年六月一二日、被告藤中は、平成四年一月一日の地価公示価格をもとに完熟地価を一一七三万四〇〇〇円(本件応募時より11.5パーセント減)として算定基礎価格の再算定を行い、その結果、権利金は最大で本件応募時より30.6パーセント下落することとなった。

再算定の理由について、被告らは、本件応募後にいわゆるバブル崩壊による予測しがたい地価の下落があったこと、契約締結の遅れは専ら東京都側の事情によるものであったことを主張する。

しかしながら、本件応募時である平成二年六月当時、東京都は、当時の地価高騰に対処するため地価引き下げのための施策を打ち出していたから、ある程度の地価の下落は予測し得たはずであるし、新土地利用方式自体、地価の算定に当たってキャピタルゲインを可及的に排除するよう定められていたものであって、公示地価の中に結果的にかかる要素が含まれていたものとしてもその割合は僅少であったから、いわゆるバブル崩壊による地価の下落は、右再算定の合理的な理由となり得ない。

さらに、契約締結時期が東京都側の事情によって遅れたということも、それだけでは権利金引き下げの合理的理由とは解し得ない。

また、本件応募時には算定基礎価格の再算定は予想されておらず、賃貸借契約の締結時期が遅れる区画の算定基礎価格についても、新土地利用方式所定の二年度以降の算定基礎価格の決定方法によって求めることとなっていたはずである。

したがって、算定基礎価格の再算定には何ら合理性がないから、被告らが右価格に基いて本件土地を賃貸することは、その裁量を逸脱するものとして違法である。

(三) 算定基礎価格の再々算定の違法性

平成五年三月中に、東京都は、東京ファッションタウン株式会社を除く各進出企業との間で本件土地の賃貸借契約を締結したが、右各契約においては、平成五年一月一日の地価公示価格をもとに算定した額を算定基礎価格とする旨が規定されていた。七月九日、右規定に基づき、完熟価格を九二〇万円(本件応募時より約31.8パーセント減)として算定価格の再々算定が行われ、本件土地の各賃貸借契約の権利金等が別表4の1のとおり決定された。その結果、権利金は本件応募時より最大で約46.47パーセント下落することとなった。

再々算定の理由について、被告らは、契約締結時点に一番近い時点で評価をする方が望ましいこと、地価の下落傾向が続いていたことを主張する。

しかしながら、まず、契約時点に一番近い時点で評価したとの点についてみるに、土地賃貸借契約の基本的条項を確定し、契約当事者間の信頼関係を確立することなどを目的として、平成四年三月三一日に東京都が全進出企業との間で取り交わした基本協定においては、契約締結時期について平成四年度中の土地引渡時とするとともに、算定基礎価格について(二)記載の再算定によって機械的に定めることが合意されていたところ、右協定は、その目的や書面の体裁、合意内容からして、契約締結時期及び算定基礎価格の確定に意義があったことは明らかであって、被告ら及び進出企業は、右算定基礎価格を前提として本件土地の各賃貸借契約を締結する法的義務を負っていたのであるから、そもそも被告らが算定基礎価格を更に評価し直すことは許されない。また、かかる再々算定によって、平成五年三月の本件各賃貸借契約締結時点では、権利金等の具体的金額が確定できないという異常な事態となったのである。よって、契約締結時点に一番近い時点の地価公示価格で本件土地の算定基礎価格を定めることは、明らかに不合理である。

さらに、地価の下落が続いていたとの点についてみても、再算定の時点から再々算定の時点までの問には、本件応募時から再算定の時点までのような劇的な経済変動が起こっていたわけではなく、地価の下落を予測し得ないという事態でもなかったし、再算定において、被告らは算定基礎価格中のキャピタルゲイン的なものを周到に排除して見直していたというのであるから、再々算定をする必要はなかったはずである。

したがって、仮に算定基礎価格の再算定には合理性があったとしても、その再々算定には何ら合理性がないから、被告らが右価格に基いて本件土地を賃貸することは、その裁量を逸脱するものとして違法である。

(四) 手続的瑕疵の存在等

開発規則によれば、長期貸付に係る応募条件の変更や権利金の減額については用地管理運用委員会の議を経なければならないものであるところ、基本協定の締結、算定基礎価格の再算定、同再々算定に至る過程を通じて、用地管理運用委員会が右手続きに関わったことはほとんどなく、仮に関わったとしても報告程度のものであった。

また、本件応募に係る審査手続きについても、その審査機関である都市づくり委員会、用地管理運用委員会及び推進会議は、その構成員のほとんどが東京都の職員である上、審査基準や審査過程が公開されておらず、環境影響評価の数値が操作された疑いも存するなど、その公正さを疑わせる事情には事欠かない。

このように、本件各賃貸借契約には、その締結までの経緯に種々の手続的な違法があるのである。

さらに、公募によって相手方を選定した後に、公募において予め明らかにしていた契約条件等を恣意的に変更し、選定された相手方を著しく有利に取り扱うなどして、公募という手続き方式を採用した趣旨を没却するような結果を招来することがあれば、その変更は違法になるものというべきところ、本件契約権利金は本件当初権利金より最大で46.47パーセントも下落しているなど、もはや本件各賃貸借契約は当初の公募条件と同一性を有するものとはいえないから、かかる変更は公募の趣旨に反し違法である。

加えて、臨海副都心開発計画は、排気ガスによる大気汚染や埋め立てによる水質の悪化を引き起こす上、液状化現象への対策も不十分であるなど、その計画自体に問題があるのである。

(五) したがって、本件各賃貸借契約の締結は違法である。

2  被告らの主張

(一) 本件当初権利金の妥当性

東京都港湾局長は、臨海副都心開発事業の対象用地が多額の開発投資によって全く公共施設の存在しない埋立地に都市を造るという特殊な土地であるため、本件当初権利金等の金額の算定に当たっても一般の不動産鑑定の手法では不適当であることを考慮し、東京都一〇数区内に所在する百数箇所の地価公示価格を資料として、専門家の意見を参考に東京都が考案した地価の決定モデル式を考案し、右モデル式を使って計画条件どおりに臨海副都心が完成したときの完熟地価を求め、これを約一三〇〇万円と算出した。ついで、臨海副都心が計画条件を達成するまでの期間を、新宿副都心の例等を参考にして二五年間と判断し、また、新宿副都心の開発により副都心地域と新宿三丁目の既成商業地域との地価の格差が昭和四〇年以降年に約六パーセントずつ縮小していることなどを考慮して都市の熟成率を年六パーセントと判断し、完熟地価を年六パーセントで二五年分割り戻して、当初の算定基礎価格を求めたのである。

これに対し、原告らは、新宿駅を最寄り駅とする六ケ所の地点の地価公示価格の平均値をもとに完熟地価を求めているが、取引事例比較法を用いるにしても、周辺の状況や鉄道の本数だけでも大きく異なる新宿と臨海副都心とを単純に比較できないのは自明の理である。

また、東京都は、平成二年当時の地価高騰による深刻な都市問題を解決するために臨海副都心開発に取り組んだのであり、そのために、既成市街地とは異なった新しい形態の土地賃貸借関係である新土地利用方式を創造して地価高騰に対処しようとしたのである。そして、新土地利用方式においては、存続期間を最長でも六〇年間とし、賃料も三年ごとにある改定期に年六パーセント以上の割合で上昇するなど値上がり幅が通常の賃貸借契約より大きいから、かかる条件のもとで借地権割合を五割としたことには合理性がある。また、このように定めることによって、存続期間終了時に東京都が支払うべき補償金も当該年度の算定基礎価格に借地権割合を乗じた低廉な額となるのである。

これに対し、原告らは、単純に通常の長期賃貸借契約における借地権割合と比較して本件当初権利金における借地権割合が低いとするが、右のような新土地利用方式の特色からすれば、かかる主張が採り得ないのは明らかである。

したがって、本件当初権利金は不当に低廉であったとはいえない。

(二) 算定基礎価格の再算定の適法性

平成三年七月一一日、東京都議会が平成三年度埋立事業会計及び臨海副都心開発事業会計の補正予算を成立させ、東京都が臨海副都心開発関係経費の予算執行凍結を解除した後、被告藤中は、再検討委員会の報告及び東京都議会の議決を踏まえて、進出予定企業グループと契約締結に向けて調整を行ったが、開発スケジュールの変更、住宅政策の変更等、慎重に検討すべき内容が含まれていたため、平成三年度末までの契約締結は断念せざるを得なかった。このように契約締結時期が遅れたことにより、本件応募時の算定基礎価格が平成四年三月の時点で適正な価格ではなくなってしまったために、被告藤中は、平成四年一月一日の公示価格を基準にして算定基礎価格の再算定を行ったのである。確かに、再算定については公募要綱上明文の記載はないが、本件応募に際して公表した「臨海副都心開発における新土地利用方式の基本的考え方」の中には、今後の東京都の地価の動向等によっては算定基礎価格の再評価もあり得る旨の記載があったし、地方公共団体が土地の賃貸借契約を締結する場合、契約の時期に近接した時期に行われた評価額によることは、適正な価格の要件を充足させる一要素である以上当然のことである。また、平成二年一一月から平成四年三月までの間に地価の下落という大きな経済情勢の変動があったのであるから、その経済情勢の変動に応じた形で算定基礎価格を再算定する必要性は、より大きかったのである。

これに対し、原告らは、本件応募時の算定基礎価格は、キャピタルゲイン的なものは排除しようとして算出された価格であるから、バブル崩壊による地価の下落は再算定の理由にならない旨主張する。

しかしながら、現実の地価公示価格の動きをみれば、本件応募時の算定基礎価格の基礎とした地価公示価格中にはキャピタルゲイン的なものも含まれており、そのため、地価公示価格自体が予想しがたい下落をしたことが明らかであるから、原告らの主張は失当である。

したがって、算定基礎価格の再算定は、権利金等の価額を適正な価格とするために行われたのであって、本件当初権利金を違法に引き下げたものとはいえないことが明らかである。

(三) 算定基礎価格の再々算定の適法性

基本協定によれば、算定基礎価格は平成四年一月一日の地価公示価格をもとに経済情勢の変化を踏まえて再算定するものとされ、本件土地に係る賃貸借契約の締結時期については、平成四年度中の土地引渡し時とされていた。

しかしながら、算定基礎価格の再々算定を行うことを決定した平成四年一二月ころの見通しとしては、本件土地の賃貸借契約を締結することができるのは、早くとも平成五年三月末ころという状況であった。加えて、地価動向調査によれば、平成四年一月一日現在と比較して、同年一〇月において既に一五パーセントを超える地価の下落があり、平成五年一月一日の地価公示価格は、更に大幅な下落率となることが予想されていた。

そこで、被告藤中は、進出予定企業との土地賃貸借契約の締結時期が平成五年三月末ころになる以上、その権利金及び賃料の決定の基礎となる算定基礎価格を平成四年一月一日の公示価格に基いて算出したのでは適正な対価とはいい得なくなるものと判断し、平成五年一月一日の公示価格を基準にして再々算定を行うことにしたのである。

これに対し、原告らは、被告らが、基本協定どおりに平成四年一月一日の地価公示価格を基準とした再算定価格によらずに本件各賃貸借契約を締結したことを問題にするようである。

しかしながら、被告藤中は、地価下落の一層の進行という経済情勢下にあって、平成五年三月末に締結が予想される土地賃貸借契約につき、平成四年一月一日の地価公示価格を用いることは適正な価格による契約ではなくなることが明らかとなったために基本協定の内容を変更して再々算定を行ったのであるから、原告らの主張は失当である。

したがって、算定基礎価格の再々算定は、権利金等の価格を適正な価格とするために行われたのであって、本件当初権利金を違法に引き下げたものとはいえないことが明らかである。

(四) 手続的瑕疵の不存在等

開発規則二二条一項四号が用地管理運用委員会の議を経なければならない場合として定める「貸付料及び権利金の減額又は免除」とは、同規則四条二項各号のような特別の事由がある場合に、同条一項にいう適正な価格によらずに貸付料、権利金を減額等する場合を指すのであって、地価に比して権利金が高すぎるために算定のし直しによって適正な価格とする場合はこれに当たらない。

また、開発規則二二条一項二号及び三号は、六条に定める公募に係る資格、応募の条件等の設定・審査は用地管理運用委員会の議を経なければならない旨規定し、同規則六条二項では、公募は、応募の資格及び期間、貸付又は信託の別並びに提案競技を行う場合にあっては事業及び施設の条件等を公表して行う旨規定しているから、応募の条件等に権利金や地代が含まれないことは明らかである。よって、本件の算定の見直しの過程においては用地管理運用委員会の議を経る必要はなかったものである。

そして、容積率格差の導入も、土地の利用価値の重視という一般の土地評価に対する認識の変化に対応したものであるから適正であり、これが公募条件の恣意的な変更にも当たらないことが明らかである。

加えて、推進会議及び用地管理運用委員会の各構成員は全員東京都職員であるが、東京都の各組織を横断する形で合議機関を設置することにより、他の組織の意見等を検討し、相互に抑制・調整機能を働かせることができるし、建築計画については学識経験者を交えた都市づくり委員会の意見を尊重しているなど、その当選案決定に至る審査過程は十分に公正が確保されていた。

さらに、東京都公文書の開示等に関する条例九条六号によれば、合議制機関等の会議に係る審議資料等の情報であって、開示によって公正・円滑な議事進行が阻害されると認められるものは非開示にすることができる旨規定されているし、公募要綱においても応募書類を原則として公開しない旨が明記されていたのであるから、審議過程や審議資料を公開しないことをもって審査の公正さを疑うべき事情ということはできない。

(五) したがって、本件各賃貸借契約の締結には何らの違法もない。

第三  争点に対する判断

一  本件契約権利金額に係る違法性の判断基準

本件において、原告らは、被告らが本件応募時から二度にわたって権利金額を引き下げた結果、本件契約権利金が地方自治法二三七条二項にいう適正な対価とはいえなくなっており、違法であると主張する。

ところで、臨海副都心開発事業は、地方公営企業法の一部が適用される地方公営企業であり、本件各賃貸借契約もその一環として締結されたものである。そして、同法施行令一条二項によれば、右一部の規定とは財務規定等(同法三ないし六条、一七ないし三五条、四〇、四一条及び附則二ないし四項)をいうものとされているところ、同法四〇条一項によれば、地方公営企業の業務に関する契約の締結並びに財産の取得、管理及び処分については、地方自治法二三七条二項の規定にかかわらず、条例又は議会の議決を要しないものとされている。したがって、地方公営企業の業務に関する財産の管理・処分等については、適正な対価なくしてする貸付けに条例又は議会の議決を要しないこととなるから、原告らの主張のうち、臨海副都心開発事業にも地方自治法二三七条二項の適用があるかのようにいう部分は、その前提において失当である。

もっとも、地方公営企業の給付に対する対価は公正妥当なものであることを要し(地方公営企業法二一条)、開発規則四条一項は、用地の管理及び処分が適正な価格によってされなければならない旨規定しているから、本件契約権利金が右にいう適正な価格とはいえないような場合であれば、本件各賃貸借契約の締結は違法となるものと解される。

そうすると、右にいう「適正な価格」の意義が問題となるが、適正な価格という文言からして、少なくとも地方自治法二三七条二項にいう適正な対価の水準からかけ離れた価格である場合には、もはや適正な価格とはいえなくなるものと解すべきである。そして、同条同項にいう「適正な対価」とは、当該財産を貸し付ける場合の市場価格を最も重視しつつ、その他相手方に不当な利益が生じない範囲でその余の具体的事情をも考慮した上で算出された客観的に公正と認められる対価をいうものと解される。

したがって、本件契約権利金額が右のような客観的に公正な対価を下回り、臨海副都心開発事業の公益性(地方公営企業法三条)を斟酌してもなお合理性を有しないと認められる場合には、右権利金額は適正な価格ではないと解される。

二  本件契約権利金の適正価格性

原告らの本訴請求は、再々算定に係る本件契約権利金の違法を理由とする損害賠償請求であるが、本件事案の経過に即して、本件応募時からの経過を認定した上、本件契約権利金が適正な価格であるかどうかを判断することとする。

1  新土地利用方式による権利金算定方法の合理性

(一) 乙五号証(臨海副都心開発基本計画)及び弁論の全趣旨によれば、本件各賃貸借契約の締結は、臨海副都心開発基本計画の一環として行われるものであり、同計画の基本的な考え方は、概要、「①臨海部に東京の都市構造を多心型にしていくための副都心を建設する。右地域においては、業務機能を計画的に立地させるとともに良質の都市型住宅を建設し、職住近接の個性豊かな自立性の高い副都心とする。②世界都市東京の国際化、情報化に対応した拠点づくりを行う。このため、最先端の機能を備えた「東京テレポート」や「東京国際コンベンションパーク」を整備する。③臨海部副都心を世界的に誇りうるまちとして整備する。このため、ウォーターフロントの魅力を生かしながら、安全で快適な住みよい土地環境を整備するとともに、さまざまな需要に応えたゆとりとうるおいのある都市型の住宅や文化施設等を適切に配置して、すぐれた生活都市としていく。」というものであることが認められる。

(二) 乙七(用地の管理及び処分についての基本方針)及び一〇号証によれば、臨海副都心開発において新土地利用方式を採用するに当たっての東京都の基本的認識は、以下のようなものであったことが認められる。

(1) 東京都は、地価高騰による深刻な東京の都市問題を解決し、臨海副都心地域で永続的に良質なまちづくりをすることを目的としている。そのため、民間企業等への土地の提供手段としては、売却ではなく賃貸借の形式を採用し、地方自治体としての立場だけでなく、土地所有者として、民間企業者とともに臨海副都心建設を図ることとする。

(2) かくて、臨海副都心は、①土地の所有者が地域の形成・発展に責任を持つ東京都であり、そのイニシアチヴのもとで開発が行われ、将来にわたりまちづくりがコントロールされること、②東京都は、臨海副都心の土地を原則として売却しないため、既成市街地で想定されるような土地の交換価値、市場価値というものが存在しないこと、③臨海副都心は海に囲まれており、隣接地域の土地の売買・市場価格、土地賃借料等の影響を受けにくいこと、④臨海副都心開発が、一つの賃貸借関係を社会的に認めさせるだけの規模を持つこと等の特殊性を有することとなる。

(3) そこで、東京都は、かかる臨海副都心の特殊性に着目するとともに臨海副都心の秩序ある開発を担保するため、既成市街地とは異なった新しい形態の土地賃借関係である新土地利用方式を創造して地価高騰に対処することとし、土地賃借人の選定も、権利金、土地賃借料の高低を基準とするのではなく、事業計画提案協議方式を通じて土地賃借人(事業者)が示した事業内容に基いて行うこととする。

(三) 新土地利用方式による算定基礎価格の算出方法の概要は既に摘示したとおりであるが、乙一五(臨海副都心用地の価格の再算定について)、二七、二九号証(渡邊司の証人尋問調書)及び弁論の全趣旨によれば、より具体的には以下のとおりであったことが認められる。

(1) 東京都内の十数区に所在する百数箇所の地価公示価格を資料としてこれを統計的に分析し、専門家らの意見も参考にして地価の決定モデル式を考案する。

(2) 右モデル式を使って完熟地価を求め、新宿副都心がほぼ二五年間かけて熟成していること、新宿副都心の開発により同副都心地域と新宿三丁目の既成商業地域との地価の格差が昭和四〇年以降約六パーセントずつ縮小していることなどを参考に、右完熟地価を年六パーセントで二五年分割り戻して現在の基準標準画地についての算定基礎価格を求める。

(3) 区画ごとの価格は、算定基礎価格を参考に、各区画の容積率、用途、都心への近接性、最寄り駅への距離及び各区画の接面街路の条件、地形、地盤条件等の要因を考慮して求める。

(4) 地価を算定するに当たってかかる理論的な計算方法が採用されたのは、多額の開発投資によって全く公共施設の存しない埋立地に都市をつくるという臨海副都心の特殊性からして、いかに開発見込みを織り込んだとしても一般の不動産鑑定理論の手法では適切な地価の算定が困難であること、理論的な算定方法の採用によって、臨海副都心開発の計画当時の地価高騰という趨勢に流されずに客観的な時価を求めることができるものと判断されたこと、開発利益を可及的に土地所有者である東京都に留保しようとしたことなどを理由とする。

(四)  右に認定した事実及び前提となる事実関係等を総合すれば、新土地利用方式による権利金の算定方法は相応の合理性を有したものと認められる。

すなわち、新土地利用方式に基づく算定基礎価格の算出という方法は、一般的な不動産鑑定理論に必ずしも全面的に依拠しているわけではないが、前記(二)(2)で認定したような本件土地の特殊性からすれば、そもそも本件土地の市場価格を一般的な不動産鑑定理論によって適切に算定することはきわめて困難であったし、これに代えて東京都が採用した右手法は、計画条件によって臨海副都心が完成した場合の完熟地価を、都内百数箇所の地価公示価格を資料に専門家の助言をもとに技術的に予測・算定した上で(完熟地価の算出の段階では、一般的な不動産鑑定理論が参酌されていることが明らかである。)、臨海副都心開発計画の実現化に伴い本件土地が将来にわたって年六パーセントという一定の熟成率によって熟成するものと仮定し、国民総支出デフレータの上昇率による変動分を除けば、契約時点から存続期間満了時まで、算定基礎価格に連動した賃料が三年ごとに年六パーセントの割合で必ず上昇していくものとすることで、投機的に乱高下しがちな地価の変動の影響を可及的に排除することを目指すとともに、借地権割合を五割とすることで、賃貸借契約満了時における補償金も低廉に押さえ、臨海副都心地域における莫大な公共投資によって発生するいわゆる開発利益を可及的に土地所有者である東京都の側に留保しておこうとするものと推認できるから、将来にわたる財産収入上の見地からは、その意図するところには合理性が認められる。

また、新土地利用方式に基づく権利金及び賃料の設定方法は、その算定基礎価格を理論的な数値として設定している以上、各年度ごとの賃料については、具体的に形成される市場価格と比較した場合とのずれが生じることも予想される(もっとも、かかるずれが著しくなった場合には、その時点で算定基礎価格を再評価することもあり得ることは本件応募の当初から明らかにされている。)が、その立地条件等からみて一般的な不動産鑑定理論による客観的な地価の算定がきわめて困難な臨海副都心地域において、右理論中参酌し得る点は参酌するとともに、地価高騰の抑制を図る等の政策目的をも加味した方法であって、その方法自体に不合理であると認められる点はないものといえる。

2  再算定及び再々算定の経過

(一) 東京都は、当選案決定から約四か月後の平成三年三月七日の東京都議会において臨海副都心開発計画関係費の予算執行が凍結されたことから、この状況を打開するため、再検討委員会を設置して右計画の再検討を始めた。同委員会は、平成三年一一月二七日に最終報告をしたが、住宅供給及び開発スケジュールについては、以下のような方針が示された。

(1) 住宅供給の方針

将来の生活水準の向上を想定した質の高い住宅を供給すること等の基本的な考え方を踏まえつつ、次の視点について配慮する。

ア すべての人々が安全で快適な生活ができるよう、「福祉のまちづくり整備方針」に基いた住宅地の形成を図るとともに、高齢者向け住宅や障害者向け住宅を積極的に取り入れる。

イ 超高層から中・低層までの建築物を幅広く導入するなど変化をつけ、魅力的な空間を形成するとともに、幹線道路沿いなどでは適度なにぎわいのある表情豊かな街並みを形成していく。

ウ 中堅所得者層を中心に多様な人々が居住できるような住宅の供給や家賃への配慮等、都民の住宅需要に適切かつ効果的に応えていく。

(2) 住宅の戸数等

ア 用地内の当初計画の住宅目標戸数二万戸を二万一千戸程度とする。

イ 臨海副都心の都有地における住宅供給については、地元区等との調整を図りながら、可能な限り公共住宅としていく。民間住宅供給が街づくりの上で必要と認められる場合や適切な家賃水準が設定できる場合等には、民間住宅供給の可能性を検討していく。

ウ 公共住宅建設主体(東京都、住宅都市整備公団等の公共部門及び民間)の比率(いわゆる住建三者比率)については、中堅所得者層を対象とする都民住宅の供給を増やすことを基本とする。

(3) 開発スケジュール

ア 当初計画で平成五年までとされていた始動期開発期間を、平成七年までに変更する。

イ 始動期の終了後の開発段階の目標年度を次のとおりとする。

創設期 平成八年度から同一二年度

(当初計画 平成六年度から同九年度)

発展期 平成一三年度から同一五年度

(当初計画 平成一〇年度から同一二年度)

成熟期 平成一六年度から

(当初計画 平成一三年度から)

(乙一三号証(再度検討委員会報告)、弁論の全趣旨)

(二) 平成三年七月一一日の東京都議会において、平成三年度埋立事業会計及び臨海副都心開発事業会計の補正予算が成立したため、東京都は、先に凍結していた臨海副都心開発関係経費の予算執行の凍結を解除した。そこで、被告藤中は、再検討委員会における論議等を踏まえ進出予定事業者との契約締結のための調整を行ったが、前示のような開発スケジュールや住宅政策の変更等、契約締結までになお慎重に検討すべき内容が含まれているため、再検討委員会の最終報告時に予定していた平成三年度末までの契約締結を断念した。

(乙二七号証、弁論の全趣旨)

(三) 平成四年二月二〇日、被告藤中は、臨海副都心開発事業を安定的かつ円滑に進めるために、進出企業を速やかに確定する必要があること、契約の基本的条件について合意をしておく必要があること、当事者間に信頼関係を確立し、本契約締結に向けて誠意を持って協議する旨約束しておく必要があること等から、再検討委員会の最終報告に従って新方針を決定し、同年三月三一日に進出予定事業者との間で右新方針に基づく次のような基本協定を取り交わした。

(1) 東京都と進出予定事業者は、土地賃貸借契約を締結するため、(2)以下のとおり確約する。

(2) 本契約内容

ア 算定基礎価格は、平成四年一月一日の地価公示価格をもとに経済情勢の変化を踏まえ、再算定する。

イ 権利金は、契約時に一括して支払う。

ウ 賃貸料は、契約時から支払うこととし、初回の改定時期は平成八年三月とする。

エ 熟成期間の起算点を平成四年度とし、熟成期間は平成二九年度までとする。

オ 右のほかは、新土地利用方式による。

(3) 跡地利用計画等については、東京都と進出予定事業者が協議し、本契約締結と同時に協定書を取り交わす。

(4) 本契約締結の時期

本契約の締結時期については、平成四年度中の土地引渡し時とする。ただし、台場H区画及び青海A区画については、平成六年度以降平成九年度までの間に予定される土地引渡し時とする。

(乙一四号証)

(四) 被告藤中は、前記(三)の新方針に従って算定基礎価格を算定し直し、財産価格審議会の議を経て平成四年六月一二日に再算定に係る価格を決定した。本件応募時から変更した点は以下のとおりである。

(1) 算定の基礎資料とした地価公示価格を平成四年一月一日のものとするとともに、地価公示地点を増やして都内十数区の商業地百数十箇所とした。この結果、基準画地の価格は本件応募時と比べて約11.5パーセント減額され、一平方メートル当たり二七〇万円となった。

(2) 経済情勢が大きく変化したことにより、一般の土地評価に対する認識が資産価値から利用価値へと変化し、土地利用に伴う収益がより重視されるようになっている傾向を踏まえて、区画ごとの算定に当たっては次の点を考慮した。

ア 容積率の大小が及ぼす影響がより大となることから、それを反映させるため、各区画の容積率格差率を二分の一から三分の二に拡大した。

イ ホテル、商業、業務用地について用途別の収益価格を求めたところ、ホテル用地及び商業用地の収益価格と業務用地の収益価格との間に相当の差があることが判明したため、この格差の存在及び再開発地区計画等によって公法上の用途規制がかけられることなどを考慮し、業務用地に対するホテル用地及び商業用地の用途間格差をマイナス一二パーセントとした。

(甲二、四号証(住宅港湾委員会速記録)、乙一五号証(臨海副都心用地の価格の再算定について))

(五) 算定基礎価格の再算定後も、不況が一層深刻化する中で東京都と進出予定企業との賃貸借契約の締結ができずにいたところ、平成四年一二月ころには、東京都の試算によれば同年初めと比べて一五パーセントを超える地価の下落が認められた上、進出予定企業との契約締結時期は早くとも平成五年三月末ころになるとの見通しであった。そこで、被告藤中は、平成五年一月一日時点の地価公示価格を基準として算定基礎価格を算定し直さなければ、適正な価格による用地の貸付けとはいい得なくなるものと判断し、同年三月下旬ころに同年一月一日の地価公示価格が発表され次第、その数値をもとに再々算定をすることに決めた。(甲三号証(西澤秀樹の証人調書)、弁論の全趣旨)

(六) 被告藤中は、平成五年二月二四日から同年三月二九日の間に進出予定企業のうち八事業者との間で前示のとおり本件各土地賃貸借契約を締結した。なお、右各契約の締結時においては再々算定が間に合わなかったため、右各契約は、暫定的に再算定価格の八五パーセントの価格を基礎として締結され、その後、同年一一月末日までに後記(七)の再々算定価格に基いて清算された。契約書においては、右清算による差額については利息を付さない旨が取り決められていた。(甲二号証、乙二一号証の六)

(七) 被告藤中は、算定の基礎資料とすべき地価公示価格を平成五年一月一日現在のものとしたほかは前記(四)の方法に従って再算定に係る価格を再評価し、財産価格審議会の議を経て、平成五年七月九日に再々算定に係る価格を決定した。その結果、基準画地の価格は再算定時と比べて約二三パーセント減額され、一平方メートル当たり二〇八万円となった。

なお、平成四年六月には、算定基礎価格が鑑定価格よりも高くなっているとの指摘が、平成五年一月には、臨海副都心開発事業の前提であった首都圏のオフィス不足は過剰に転じ、価格競争力に照らして臨海副都心開発事業の地域内のオフィス需要がないとの意見が、平成七年八月には、このころの臨海副都心地域の都有地の実勢価格は約一四五万円である旨、平成八年三月には、このころに東京都が試算した右都有地の実勢価格は約一一六万円であるが、右価格は高すぎるとの声がある旨が新聞・雑誌等によって各報道されている。(甲二、三、九号証(平成四年六月二三日号エコノミストの「バブルによりかかった計画の破綻」と題する記事)、一〇号証の三(平成五年一月一六日号週刊現代の「三流不動産屋になった東京都」と題する記事)、一二号証の二(平成七年八月一一日付け都政新報の「揺らぐ臨海開発」上と題する記事)、同号証の二二(平成八年三月二日付け日本経済新聞の「土地賃料改定を延期」と題する記事)、乙一七号証(臨海副都心用地の価格の再々算定について))

(八) 再々算定によって算定基礎価格は本件応募時と比較して約三二パーセント下落することとなったが、それほど安価なのであれば公募に応じてもよかった等の不満が他の事業者から出されたことはない。(甲三号証)

(九)  右に認定した事実及び前提となる事実関係等を総合すれば、本件当初権利金価額について二度にわたる見直しを行って定めた本件契約権利金価額は、適正な価格であったということができる。

すなわち、

(1) 本件公募の目的は、臨海副都心開発事業における貸付対象にふさわしい事業者を選定することにあり、選定された事業者であっても、東京都の予定する臨海副都心開発事業の方針に従う者のみが契約締結に進むこととされていたのであるから(前提となる事実関係等4(三))、当選案の決定は随意契約の相手方となり得る者の選定にすぎず、契約の予約又は当選者に公募条件による契約締結義務を負担させる性質を有するものではなかったと認められ、また、再算定に先立つ基本協定も、その内容に照らして、約二年間に及んだ賃貸借契約の遅滞とその間の地価の著しい下落等を受けて、平成四年度中に土地引渡しが開始されることを前提として進出予定企業の意思を再度確認することを主目的として締結されたものであって、その主な内容は、東京都側と進出予定企業とが、本契約締結に向けてお互い誠実に努力することの確認にすぎないものと認められるし、基本協定中では権利金や賃料について具体的に数額が確定しているわけではなく、その見直し方針も平成四年度中に土地引渡しが開始されることを前提とするものであったから、基本協定が再算定に係る価格に基づく賃貸借契約の予約等の法的性質を有していたものであるとか、あるいは、契約締結が平成五年度になった場合においても、その方針に拘束されるといった性質を有していたものとは認められない。

そうすると、当選案の決定又は基本協定によって、東京都の側に、進出企業との間で再算定にかかる価格に基いて賃貸借契約を締結する請求権が発生していたものとみることはできない。

(2) 地方公営企業の本来の目的は公共の福祉の増進にあり、本件各賃貸借契約もその一環としてされたもので、前記1(一)及び(二)で認定したような臨海副都心開発基本計画の構想を実現するため、通常の土地賃貸借の場合とは異なる種々の制約が課されているものであって、地方公営企業の給付を超える経済的対価の取得を目的とするものではない。また、賃貸借という継続的双務契約の性質に照らせば、適正な対価は現実にされる給付について検討することが合理的であるというべきである。

(3) 平成三年三月に東京都議会で予算の執行凍結の付帯決議がされたことを契機として、本件各賃貸借契約の締結が約二年間遅滞していたが、この間の社会経済情勢に従来予想し難いほどの極めて大きくかつ急激な変動があり、その変動の中で東京都内の土地価格が著しく下落したことは公知の事実である。また、土地価格の急激な下落局面においては、地価公示価格がいわゆる下方硬直性を有し、実勢価格より遅れて下落する傾向があることは経験則上明らかであるところ、現に東京都の試算によれば平成五年一月一日時点の地価公示価格は、平成四年一月一日時点のそれから約一五パーセント以上下落していたというのである。

そうすると、被告藤中がこの間の経済的・社会的情勢の変化を考慮して、これらの要因を本件応募時に想定した算定式では吸収し得ないものと判断し、算定基礎価格の基礎とする地価公示価格を平成四年一月一日のものとして再算定し、更に平成五年に契約を締結するという事態において、平成五年一月一日の地価公示価格をもとに再々算定を行ったことは合理的というべきである。

(4) そして、再算定及び再々算定の主眼は著しい地価の下落局面において、相応の合理性を有する新土地利用方法を前提として、算定基礎価格について経済関係の変動に対応した時点修正をすることにあったものであり、前示(七)、(八)等の認定事実に照らせば、このようにして算出された再々算定に係る本件契約権利金の価額については、給付された権利に相応せず、むしろ高額であることをうかがわせるものとはいえるが、これが不当に低廉であったとの原告ら主張を認めるに足りる事情はうかがわれない。

したがって、再々算定に係る価格は、本件契約権利金を含めて、適正な価格であったということができ、その変更の経緯にも公募の趣旨に反するような事情はない。

3  以上の点に関する原告らの主張について

(一) 原告らは、本件当初権利金算定時における完熟価格は二六二一万六六六六円となるべきであるし、借地権割合は八割程度が通常であるから、新土地利用方式を前提としても、本件当初権利金は低廉にすぎる旨主張する。

しかしながら、乙二九号証及び弁論の全趣旨によれば、原告らの主張する右完熟価格は、新宿駅周辺の商業地域にある八か所の地価公示地のうち、地価の最も安い二か所を除外して算出された平均値であって、交通の便等地価形成要因の全く異なる新宿副都心を臨海副都心と単純に比較し、その差異を一切捨象した結果得られた価格であることが認められるから、その合理性を直ちに肯定することはできない。

(二) 原告らは、新土地利用方式に基づく土地価格の算定の資料とされた地価公示価格の中には投機的要素は僅かしか含まれていなかったから、土地価格の大幅な下落は再算定の理由とはならない旨主張する。

確かに、地価公示価格は、一般の土地の取引価格に対して指標を与えるべく算出された正常な価格であるから、実勢地価に比べれば変動の少ない価格であるとはいえよう。しかしながら、地価公示価格といえども、東京周辺では昭和六二年から昭和六三年にかけての一年間で六割を超えるような上昇率を示したことは公知の事実であるから、その中に含まれている投機的要素が無視できるほど僅少であったなどということはできず、この点に関する原告らの主張を採用することはできない。

(三) また、原告らは、仮に再算定に係る価格が適正であるとしても、平成四年から平成五年にかけては、本件応募時から平成四年までのような大幅な土地価格の下落はなかったのであるから、再々算定に係る価格は適正を欠く旨主張する。

しかしながら、原告らは、平成四年から平成五年にかけての地価公示価格の変動が平成二年から平成四年までの変動よりも著しく些少であったとする具体的な根拠を何ら示しておらず、かえって、公知の事実である地価公示価格によれば、平成四年一月一日から平成五年一月一日までの間に、東京圏の地価公示価格は商業地で約19.0パーセント、住宅地でも約14.6パーセント下落しており、右下落率は前年度よりも大きいと認められることからも、原告らの主張に理由がないことは明らかである。

(四) さらに、原告らは、再々算定の結果、本件各賃貸借契約の締結時点で賃貸料や権利金が確定しないことになり、明らかに不合理である旨主張する。

しかしながら、前示2(六)のとおり、本件各賃貸借契約の契約書によれば、再算定に係る価格と契約時に暫定的に定められた価格は後に清算されることとされ、その清算金には利息を付さないこととされているのであって、かかる契約手法を採ったことによって東京都が損害を受けるという関係にはないから、かかる契約締結の方法が財務会計上不合理ということはできず、原告らの主張は採用できない。

三  原告らのその余の主張について

1  原告らは、再算定及び再々算定の過程において用地管理運用委員会の議を経ていなかったことを問題にする。

しかしながら、乙八号証によれば、開発規則において用地管理運用委員会の議を経なければならない「貸付料及び権利金の減額又は免除」とは、同規則四条一項にいう適正な価格による予定価格を、同条二項所定の特別な事由があるときに減額又は免除する際の規定であると解すべきであって、同条二項所定の事由を理由に権利金等を減額したのではない本件においては用地管理運用委員会の議を経る必要がないのは明らかである。

また、開発規則二二条一項二号及び三号は、六条に定める公募に係る資格、応募の条件等の設定・審査は用地管理運用委員会の議を経なければならない旨規定しているが、同規則六条二項では、公募は、応募の資格及び期間、貸付又は信託の別並びに提案競技を行う場合にあっては事業及び施設の条件等の基本的事項を公表して行う旨規定しているから、右条件等の中に権利金や賃料が含まれているとは解されない。

したがって、本件当初権利金の算定の見直しの過程においては用地管理運用委員会の議を経る必要はなかったから、原告らの主張は失当である。

2  また、原告らは、本件各賃貸借契約は不公正な審査の結果締結されたものであるから違法であり、審査記録等が一切公表されていないから、その審査の公正さは強く疑われると主張している。

しかしながら、当選案の確定は、既に説示したとおり、権利金、貸付料の額を提示した上で随意契約の相手方となり得る事業者を選定することにあるのであって、いかなる者を選定するかは、殊更適切な者を排除し、権利金・貸付料を支払う能力がない者を選定して契約を締結した等の特段の事情のない限り、本件で問題とされている財務会計上の行為(本件各賃貸借契約の締結)に関する違法事由ということはできない上、乙九号証及び弁論の全趣旨によれば、右審査は、公募要綱により応募の方法を予め明らかにし、応募者から提出された提案書、財務関係書類等の各種資料に基き、都市づくり委員会、用地管理運用委員会及び推進会議という三段階の委員会の審査を経て行われたものであって、その選考は審査の客観性と適正さが担保されるように配慮された手続に従って行われたものであることが認められ、その間の判断に、恣意にわたり、あるいは裁量権の逸脱、濫用にわたる点があったことを具体的にうかがわせるような証拠はない。そして、公募方法による審査について、その過程の全てを公表するのでなければその選考が違法になるものと解すべき理由はない。さらに、乙九号証によれば、公募要綱には、選定されなかった応募案については、当該事業者の不利益を考えてその内容等を公表しないとされていることが認められ、かかる措置はアイデアの盗用を防ぐ等の点でも合理性があるものと解される。

したがって、この点に関する原告らの主張は採用することができない。

四  結論

以上のとおりであるから、原告らの請求には理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官富越和厚 裁判官岡田幸人 裁判官竹田光広は填補につき署名捺印できない。裁判長裁判官富越和厚)

別表一ないし四〈省略〉

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